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2014年12月12日金曜日

TORINOS

師走、多忙を極める中、なんとか行うことができたTORINOSの忘年会。
また激動の1年だった。
気が付くと色んな世代の色んな人に支えられている。
この場にいなかったたんくさんの人に助けられている。
たくさんの人に多大な迷惑もかけている。
無償で支えてくれる人たちがいる。
どんな状況になっても、もうずっと僕を見捨てず、無条件で信じ必要とし続けてくれている人がいる。
今そばで見守ってくれている全ての人の優しさに、なんとしても応えたい。
自分の存在を主張せず、みんなの中に小さくてもいいから少しずつ何かしらの喜びを残していきたい。
もっと成長しないと。
振り返るとオレの中は泣き言でいっぱいだ。
もっともっとがんばらないと。



2014年12月5日金曜日

untitled

未明にまたその夢で目覚める…
もう自分にはどうしようもない
なるようになれ…

夕方からの店でのイベントは、想像以上に大盛況。
大型ショッピングモールの出店には
全く影響を受けない人の繋がり。

2014年12月1日月曜日

monologue

2014年11月、昼夜が逆転した生活。
11月半ばに大きく体調を崩し、月の後半にあった2本のライブにはなんとか声が出る状態にはなったものの、ライブ以降また体調を崩す。
眠れない日々が続く。
僅かな眠りの合間に、またあの人の夢を見る。
僕は未だにその存在から逃げまわっている。
恐いのだ。
僕はその人に無償の愛を望んだ。
あらゆるものを捨置き、僕だけを見つめ、求め、守って欲しいという独善的で、乱暴で、稚拙で、何よりも透明で歪み無き願い。
それはもう届かないという事実が。
それはもう叶わないという事実が。
ただただ恐いのだ。
そしてあるはずの無いその人の影に怯え、その人から、夢から、逃げ続け、いつまでも惑い続け、挙句に怯えている。

誰にも見えない、夜明け前の矮小なるもの。
それでも進むしかないという決意の繰り返し。
負った責任は、どんなに時間がかかっても、どんなに自らの犠牲を払ってでも果たすという、根拠無き使命で奮い立たせる。
立ち止まることは許されない。
歩みはどうにも頼りなく、父の影を追う。
その結末を知っている。

2014年11月4日火曜日

monologue

健康であること
平穏な生活が続いていること
その価値と意味に気づくことが次への活力になる
遠くで、近くで支えてくれる手を感じながら
余計な音を遮るための言葉の壁も知っている
あとは
一日が72時間くらいあればとは思うけど…

形がなくとも、帰る場所ははっきりとそこにある




2014年10月22日水曜日

monologue

そのアートイベントの主旨に

文化庁予算削減への批判と不満を背景に“想像力のエネルギーで世界をより良いものに”というメッセージを謳う…

とある。
主催には某有名新興企業。
国の予算が減れば、創造性は疲弊し衰弱するのか?
本当に下らない。
美術大学や行政、企業のネットワークが絡みあいながら、アートを叫ぶ愚者の群れを煽動している。
“文化が街に…”
積まれたフライヤー。
もうその街は息をしていないようにすら見える。
注視すれば、それはスポットライトを浴びながら、その醜悪なすがたを露呈している。
自分たちの加担しているものの正体から、どうか目をそらさないで欲しい。
そこに創造者はいない。
ただ群れていたい者。
数でしかはかれない人々。

自分の関わる店や団体への参加要請には、迷わずNOを返した。
恐ろしくくだらない…

magic hour

マジックアワー…
と、そばにいた人がつぶやいた。
思いがけない言葉が聞こえて、ドキッとした。
全く自分の中に無かった言葉に不意をつかれ、空の美しさと相まってわけもなく嬉しくなった。
一瞬疲れと、現実を忘れた。


2014年10月21日火曜日

2014年10月19日日曜日

monologue

三陸海岸沿いに北上。
3年前ボランティアに参加させてもらった現場をいくつか訪れる。
確実に再興は進んでいる。
しかしまだまだ道程が遠いことは、明らかに見てとれる。
どこまでも延々と続く被災地。
お会いする方々の多くが、未だ仮設住宅での生活。
みなさんが同じように口にする。
忘れないで欲しい。
みなさん、あの日のまま不安の中での生活を続けながら、未来を見据えて笑顔で頑張られている。
多くの人の応援を、ここではまだまだ必要としている。

忘れられる

それは本当に恐ろしいことだ
誰にとっても


2014年10月18日土曜日

monologue

上の写真は南相馬市役所前のモニタリングポスト。
少し北へと離れた塩竈市役所前のモニタリングポスト。
Facebookではあえて言葉としては触れなかったけど、この数値の違いにみんな気づいただろうか…?





2014年10月17日金曜日

南相馬市

取材で訪れた南相馬市。
曇り空。
たくさんの人にお会いして、色んな話を聞かせていただいた。
原発事故の重い影がこのエリア一体を覆っている。

取材先でフ○テレビ朝のワイドショー取材チームと遭遇。
たまたま取材先が一緒だった。
取材先となっているその方が指導しているコーラスグループに所属する一人の女の子が、一昨日交通事故で亡くなられたという。
取材を拒否する先生。
対する取材チームの態度は、とても好感の持てるものでは無かった。
正直ひどかった。
取材チームが帰ったあと、先生は少しその子の話に触れられた。

女の子は、小学生の時に交通事故で母親を亡くしている。
交通遺児のための奨学金で進学、コーラスグループに所属する。
大震災、原発事故によって散り散りになったコーラスグループのその後の活動は、様々なメディアでもとりあげられニューヨーク公演、ローマ法王との謁見まで実現した。

http://www.barks.jp/news/?id=1000082592
http://www.47news.jp/localnews/furusato/2012/04/05133326.php

その日は台風の影響で学校は休み、しかし翌日に控えた修学旅行の説明会で登校。
その下校途中。
わずか十数年の人生のうちに母親の突然の死、大震災を経験し、線量計のちりばめられた福島の街角で遭遇した交通事故により、彼女の人生は終わった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141015-00000443-sph-soci



2014年10月12日日曜日

monologue

初めて東北を訪れたのは2011年の夏。
東日本大震災の起こった年、被災地でのボランティアに参加する機会に恵まれた。
灼熱の被災地。
その時も、スタジオの移転をはじめ、仕事やプライベートで大切な岐路にあった。
今につながる幾つかの大切な決断をした。
今居る場所を遠く離れ、東北での経験は少なからずその決断に影響を及ぼしていたはずだ。

運命論者ではない。
しかし、重要な出来事、別れや出会い、大切な決断をせまってくる岐路は、時に偶然とは思えないタイミングや巡り合わせで、同時にやって来る。
この数ヶ月間、これからの数ヶ月間が、またその時だ。
とても不思議に感じることもあるが、自分の身の回りで起こることは、自分を介して全てがつながっているのだから、それは必然なのかもしれない。
また東北へ行く機会に恵まれた。
原発事故の影響下にある福島、2011年に訪れた岩手県の大槌町、東北の様々な場所へ。
しばしここを離れてみる。

一緒に行ってくれることになった新しいパートナーが、いつの間にか段取りを済ませてくれていた。
若いのに本当に良く気配りが出来て、行動力もある。
本当に心強い。
この年の頃の自分は…
恥ずかしくなる。
今も大して変わらないか…
いつまでもフワフワして、何かを探しているようで、本当のところ何も目指してなんかいないのかもしれない。

遠い場所から、見つめ直してきよう。
そして、そこでまたなにか湧き上がるイメージに出会えるなら、組立直してみよう。



2014年10月11日土曜日

メロディの地平


星は僕らの手からこぼれ落ちて 転がり出した
長く伸びた信号機の影が 夜に触れるとこ

僕らの星は青く熱く燃えて
やがて闇を照らすだろう

汗は僕らの頬を流れる途中で 蒸発した
どこまでも駆け抜けるつもりならば はぐれはしないさ

僕らの歌は高く高く響いて
やがて街を充たすだろう

何かが行く手を遮ってそこにあったはず
でも歌って 笑っていたら
知らぬ間に 越えていた
残るのは メロディの地平


地平は遥か彼方 僕のちっぽけさに 言葉を失くしたり
地平は遥か彼方 世界の広さに 心踊らせて
両手を広げて

希望は僕らの胸に染み込んで 固まった
ダイヤモンドのように輝いている ひと雫

僕らの夢は儚く断たれても
後から後から湧いてくる

何かが行く手を遮ってそこにあったはず
でも歌って 笑っていたら
知らぬ間に 越えていた
残るのは メロディの地平 

メロディの地平へ



2014年10月10日金曜日

Thom Yorke | Tomorrow's Modern Boxes

 Thom Yorkeの新作はBitTorrentでの配信。
日本では反応が鈍かったけれど、先日のU2の新作といい
ビッグネームのこういうトライは大歓迎だ。

http://tomorrowsmodernboxes.com/

2014年10月3日金曜日

untitled

一つの繋がれた線が断たれた
二つに分たれた線
その一方は僕の身体中を今もしばり上げている
つながれていたもう一方は
嘘とでたらめで象られた虚像だったが
その内側でいつも震え
共鳴した真ん中は
言葉や行動を越えて
心と身体の枠を越えて
彼の真ん中にあるものと
唯一つながっていたものだった
過去にも
未来にも
もうそれは無い
断たれたのだ

そしてその虚像はきっと
初めてその殻を捨て
真っ新な幸福としっかり結びついていく
それは素晴らしいことだ
絶望と耐え難い悲しみ苦しみと
引き換えてまだあまりある
それが彼の願いだった
彼は元の場所に戻る
孤独は続くが それも死まで
言葉が響き
手が頬を打ち
世界が震え
すべてがあるべき形に収まっていく
正しい事が行われ
彼はそのきっかけを担った
一番大切な人が祝福とともにある
これ以上に素晴らしいことはない

2014年7月15日火曜日

Sabotage manual

仕事しながらラジオ聞いていて…
第二次世界大戦中の1944年にアメリカの戦略諜報局が真剣に作成した“サボタージュマニュアル”の内容を初めて知った。

仕事の進みを遅らせるように人々をトレーニングするためのマニュアル!?
これが国家機密だったこと、時間が経てば公文書として公開されるところがアメリカらしい。
そして、その目的がまた笑える。
いや、笑えないか…
このマニュアルを元に戦後日本の組織が作られたという陰謀説もあるらしい。
もしも万が一、そんな事実があったとしたら、作戦は大成功。


(1) Insist on doing everything through “channels.” Never permit short-cuts to be taken in order to, expedite decisions.

いかなる行動を行う際でも、必ず通常のチャネル(ルートや意思決定プロセスの意)を通さなければならない。決断を早めるためのショートカットは認めてはならない

(2) Make “speeches.” Talk as frequently as possible and at great length. Illustrate your “points” by long anecdotes and accounts of personal experiences. Never hesitate to make a few appropriate “patriotic” comments.

スピーチを行うこと。できる限り頻繁にかつ長話を行うこと。長話や自分自身の経験を持ち出して、自身の主張を解説すること。「愛国的(パトリオット)」な主張をちりばめることを躊躇しない。

(3) When possible, refer all matters to committees, for “further study and consideration.” Attempt to make the committees as large as possible – never less than five.

可能な限り、すべての事柄を委員会(意思決定プロセスにない役員会や取締役の諮問機関等)に提起し、さらなる調査研究や熟考(といった無駄な時間を必要とする取り組み)を求めること。この委員会は、5名以上のメンバー(容易に意思決定できない数)とすること。

(4) Bring up irrelevant issues as frequently as possible.

可能な限り、頻繁に業務と無関係なテーマを提起すること。

(5) Haggle over precise wordings of communications, minutes, resolutions.

議事録や連絡文書、稟議書などにおいては、細かい言葉づかい(日本語的には、枝葉末節かと…)を議論すること。

(6) Refer back to matters decided upon at the last meeting and attempt to reopen the question of the advisability of that decision.

過去に会議体で決定したことを再び持ち出して、その妥当性について問い直すこと。

(7) Advocate “caution.” Be “reasonable” and urge your fellow-conferees to be “reasonable” and avoid haste which might result in embarrassments or difficulties later on.

「注意警告」を実施すること。周囲の人間に対して、リーズナブルであることを求め、将来に渡り問題を引き起こさないようにと、早急な決断を避けるように求めること。

(8) Be worried about the propriety of any decision -raise the question of whether such action as is contemplated lies within the jurisdiction of the group or whether it might conflict with the policy of some higher echelon.

あらゆる決断の妥当性を問うこと。決定が自分たちの管理下にあるかどうか、また組織における上部のポリシーと相反していないかを問題として扱うこと。

2014年2月2日日曜日

マララ・ユスフザイ­(Malala Yousafzai)

親愛なる少年少女のみなさん、私たちは今もなお何百万人もの人たちが貧困、不当な扱い、そして無学に苦しめられていることを忘れてはいけません。何百万人もの子どもたちが学校に行っていないことを忘れてはいけません。少女たち、少年たちが明るい、平和な未来を待ち望んでいることを忘れてはいけません。
無学、貧困、そしてテロリズムと闘いましょう。本を手に取り、ペンを握りましょう。それが私たちにとってもっとも強力な武器なのです。
1人の子ども
1人の教師
1冊の本
そして1本のペン
それで世界を変えられます。
教育こそがただ一つの解決策です。エデュケーション・ファースト(教育を第一に)。

〈抜粋〉


〈全文〉


慈悲深く慈愛あまねきアッラーの御名において。
パン・ギムン国連事務総長、ブク・ジェレミック国連総会議長、ゴードン・ブラウン国連世界教育特使、尊敬すべき大人の方々、そして私の大切な少年少女のみなさんへ、アッサラーム・アライカム(あなたに平和あれ)。
今日、久しぶりにこうしてまたスピーチを行えてとても光栄です。このような尊敬すべき人たちと共にこのような場にいるなんて、私の人生においても、とてもすばらしい瞬間です。そして、今日、私が故ベナジル・ブット首相のショールを身にまとっていることを名誉に思います。
どこからスピーチを始めたらいいでしょうか。みなさんが、私にどんなことを言ってほしいのかはわかりません。しかしまずはじめに、我々すべてを平等に扱ってくれる神に感謝します。そして、私の早い回復と新たな人生を祈ってくれたすべての人たちに感謝します。
私は、みなさんが私に示してくれた愛の大きさに驚くばかりです。世界中から、温かい言葉に満ちた手紙と贈り物をもらいました。それらすべてに感謝します。純真な言葉で私を励ましてくれた子どもたちに感謝します。祈りで私を力づけてくれた大人たちに感謝します。私の傷を癒し、私に力を取り戻す手助けをしてくれたパキスタン、イギリス、アラブ首長国連邦の病院の看護師、医師、そして職員の方々に感謝します。
国連事務総長パン・ギムン氏のGlobal Education First
Initiative(世界教育推進活動)と国連世界教育特使ゴードン・ブラウン氏と国連総会議長ブク・ジェレミック氏の活動を、私は全面的に支持します。みなさんのたゆまないリーダーシップに感謝します。みなさんはいつも、私たち全員が行動を起こすきっかけを与えてくれます。
親愛なる少年少女のみなさんへ、つぎのことを決して忘れないでください。マララ・デーは私一人のためにある日ではありません。今日は、自分の権利のために声を上げる、すべての女性たち、すべての少年少女たちのためにある日なのです。
何百人もの人権活動家、そしてソーシャルワーカーたちがいます。彼らは人権について訴えるだけではなく、教育、平和、そして平等という目標を達成するために闘っています。
何千もの人々がテロリストに命を奪われ、何百万もの人たちが傷つけられています。私もその1人です。
そして、私はここに立っています。傷ついた数多くの人たちのなかの、一人の少女です。
私は訴えます。自分自身のためではありません。すべての少年少女のためにです。
私は声を上げます。といっても、声高に叫ぶ私の声を届けるためではありません。声が聞こえてこない「声なき人々」のためにです。それは、自分たちの権利のために闘っている人たちのことです。平和に生活する権利、尊厳を持って扱われる権利、均等な機会の権利、そして教育を受ける権利です。
親愛なるみなさん、2012年10月9日、タリバンは私の額の左側を銃で撃ちました。私の友人も撃たれました。彼らは銃弾で私たちを黙らせようと考えたのです。でも失敗しました。私たちが沈黙したそのとき、数えきれないほどの声が上がったのです。テロリストたちは私たちの目的を変更させ、志を阻止しようと考えたのでしょう。しかし、私の人生で変わったものは何一つありません。次のものを除いて、です。私の中で弱さ、恐怖、絶望が死にました。強さ、力、そして勇気が生まれたのです。
私はこれまでと変わらず「マララ」のままです。そして、私の志もまったく変わりません。私の希望も、夢もまったく変わっていないのです。
親愛なる少年少女のみなさん、私は誰にも抗議していません。タリバンや他のテロリストグループへの個人的な復讐心から、ここでスピーチをしているわけでもありません。ここで話している目的は、すべての子どもたちに教育が与えられる権利をはっきりと主張することにあります。すべての過激派、とりわけタリバンの息子や娘たちのために教育が必要だと思うのです。
私は、自分を撃ったタリバン兵士さえも憎んではいません。私が銃を手にして、彼が私の前に立っていたとしても、私は彼を撃たないでしょう。
これは、私が預言者モハメッド、キリスト、ブッダから学んだ慈悲の心です。
これは、マーティン・ルーサー・キング、ネルソン・マンデラ、そしてムハンマド・アリー・ジンナーから受け継がれた変革という財産なのです。
これは、私がガンディー、バシャ・カーン、そしてマザー・テレサから学んだ非暴力という哲学なのです。
そして、これは私の父と母から学んだ「許しの心」です。
まさに、私の魂が私に訴えてきます。「穏やかでいなさい、すべての人を愛しなさい」と。
親愛なる少年少女のみなさん、私たちは暗闇のなかにいると、光の大切さに気づきます。私たちは沈黙させられると、声を上げることの大切さに気づきます。同じように、私たちがパキスタン北部のスワートにいて、銃を目にしたとき、ペンと本の大切さに気づきました。
「ペンは剣よりも強し」ということわざがあります。これは真実です。過激派は本とペンを恐れます。教育の力が彼らを恐れさせます。彼らは女性を恐れています。女性の声の力が彼らを恐れさせるのです。
だから彼らは、先日クエッタを攻撃したとき、14人の罪のない医学生を殺したのです。
だから彼らは、多くの女性教師や、カイバル・パクトゥンクワやFATA(連邦直轄部族地域/パキスタン北西部国境地帯)にいるポリオの研究者たちを殺害したのです。
だから彼らは、毎日学校を破壊するのです。
なぜなら、彼らは、私たちが自分たちの社会にもたらそうとした自由を、そして平等を恐れていたからです。そして彼らは、今もそれを恐れているからです。
私たちの学校にいた少年に、あるジャーナリストがこんなことを尋ねていたのを覚えています。「なぜタリバンは教育に反対しているの?」。彼は自分の本を指さしながら、とてもシンプルに答えました。「タリバンはこの本の中に書かれていることがわからないからだよ」
彼らは、神はちっぽけで取るに足りない、保守的な存在で、ただ学校に行っているというだけで女の子たちを地獄に送っているのだと考えています。テロリストたちは、イスラムの名を悪用し、パシュトゥン人社会を自分たちの個人的な利益のために悪用しています。
パキスタンは平和を愛する民主的な国です。パシュトゥン人は自分たちの娘や息子に教育を与えたいと思っています。イスラムは平和、慈悲、兄弟愛の宗教です。すべての子どもに教育を与えることは義務であり責任である、と言っています。
親愛なる国連事務総長、教育には平和が欠かせません。世界の多くの場所では、特にパキスタンとアフガニスタンでは、テロリズム、戦争、紛争のせいで子どもたちは学校に行けません。私たちは本当にこういった戦争にうんざりしています。女性と子どもは、世界の多くの場所で、さまざまな形で、被害を受けています。
インドでは、純真で恵まれない子どもたちが児童労働の犠牲者となっています。ナイジェリアでは多くの学校が破壊されています。アフガニスタンでは人々が過激派の妨害に長年苦しめられています。幼い少女は家で労働をさせられ、低年齢での結婚を強要されます。
貧困、無学、不正、人種差別、そして基本的権利の剥奪――これらが、男女共に直面している主な問題なのです。
親愛なるみなさん、本日、私は女性の権利と女の子の教育という点に絞ってお話します。なぜなら、彼らがいちばん苦しめられているからです。かつては、女性の社会活動家たちが、女性の権利の為に立ち上がってほしいと男の人たちに求めていました。
しかし今、私たちはそれを自分たちで行うのです。男の人たちに、女性の権利のために活動するのを止めてくれ、と言っているわけではありません。女性が自立し、自分たちの力で闘うことに絞ってお話をしたいのです。
親愛なる少女、少年のみなさん、今こそ声に出して言う時です。
そこで今日、私たちは世界のリーダーたちに、平和と繁栄のために重点政策を変更してほしいと呼びかけます。
世界のリーダーたちに、すべての和平協定が女性と子どもの権利を守るものでなければならないと呼びかけます。
女性の尊厳と権利に反する政策は受け入れられるものではありません。
私たちはすべての政府に、全世界のすべての子どもたちへ無料の義務教育を確実に与えることを求めます。
私たちはすべての政府に、テロリズムと暴力に立ち向かうことを求めます。残虐行為や危害から子どもたちを守ることを求めます。
私たちは先進諸国に、発展途上国の女の子たちが教育を受ける機会を拡大するための支援を求めます。
私たちはすべての地域社会に、寛容であることを求めます。カースト、教義、宗派、皮膚の色、宗教、信条に基づいた偏見をなくすためです。女性の自由と平等を守れば、その地域は繁栄するはずです。私たち女性の半数が抑えつけられていたら、成し遂げることはできないでしょう。
私たちは世界中の女性たちに、勇敢になることを求めます。自分の中に込められた力をしっかりと手に入れ、そして自分たちの最大限の可能性を発揮してほしいのです。
親愛なる少年少女のみなさん、私たちはすべての子どもたちの明るい未来のために、学校と教育を求めます。私たちは、「平和」と「すべての人に教育を」という目的地に到達するための旅を続けます。誰にも私たちを止めることはできません。私たちは、自分たちの権利のために声を上げ、私たちの声を通じて変化をもたらします。自分たちの言葉の力を、強さを信じましょう。私たちの言葉は世界を変えられるのです。
なぜなら私たちは、教育という目標のために一つになり、連帯できるからです。そしてこの目標を達成するために、知識という武器を持って力を持ちましょう。そして連帯し、一つになって自分たちを守りましょう。
親愛なる少年少女のみなさん、私たちは今もなお何百万人もの人たちが貧困、不当な扱い、そして無学に苦しめられていることを忘れてはいけません。何百万人もの子どもたちが学校に行っていないことを忘れてはいけません。少女たち、少年たちが明るい、平和な未来を待ち望んでいることを忘れてはいけません。
無学、貧困、そしてテロリズムと闘いましょう。本を手に取り、ペンを握りましょう。それが私たちにとってもっとも強力な武器なのです。
1人の子ども、1人の教師、1冊の本、そして1本のペン、それで世界を変えられます。教育こそがただ一つの解決策です。エデュケーション・ファースト(教育を第一に)。ありがとうございました。

2014年1月16日木曜日

untitled

昨日、お世話になっている大好きな方の手術があった.

手術前にお見舞いに。
ベッドから離れられないもののお元気そうな様子。
しかし手術自体はご高齢のため、リスクも高い手術になるとのこと。
「麻酔したきりもう目が覚めんでもええんよ。」
と笑顔で。
もう齢は90歳に届く。

70歳半ばくらいまでは、バイク(カブ)を乗りまわしてパチンコ屋をハシゴされてたのが思い出される。
「偉そうに追い抜いていった車を、信号待ちで抜き返してやった!」
と、にやりと笑いながら話してくれた光景が頭をよぎる。
とにかく気が若くて好奇心の固まりのような方で、ニュースや流行に未だに敏感で、ちょっと(かなり…?)口が悪くて、そして先に亡くされたご主人を、とてもとても大切に想われている。

帰路、人気の少ない病棟の廊下を歩きながら、胸がつぶれそうになる。
誠実にまっすぐ生きて来られたその方が纏っている、病床ですら失われない輝きと、自分との距離に愕然とする。

次から次に色んなことが起こり続けて、あっという間に抱えきれなくなる。
自分が招いたもの、そうではないもの。
不格好に振り回されながら、ドタバタと駆け回ったり、うずくまって動けなくなったり。
目をこらして、耳をすまして、しっかりと自分を捉えていないと、自分自身を見失ってしまいそうになる。
大切な人を苦しめる。
一生懸命やってきたつもりだけど、検討違いのこともたくさんあったのだと思う。
もっと、がんばろう。
精一杯生きよう。
しっかりしないと。

手術は成功で、術後の経過も良好との連絡。
まずは、本当に良かった。
また近いうちにのぞかせてもらおう。



2013年12月21日土曜日

happiness

That'll bring you happiness happiness 
Is hard to come by I confess 
I'm bad at this thing happiness 
If you find it share it with the rest of us 



2013年11月27日水曜日

turning point

もうすぐ今日が終わる
目覚めた瞬間から
大切な出来事が重なって
いくつかの特別な報せがとどいた
特別な一日

終わっいくこと
始まっていくこと
変わらないものはない

そしてその変化がどんなものであっても
大切なことはその先にどんなイメージを描けるかということ
そのイメージにどこまでフォーカス出来るかということ

心強い仲間と一緒に
何度でも挑戦する



untitled

嬉しいことも、悲しいことも
たいていの出来事は自分に拠るものだ
将来に不安を抱きながら、みんな迷ってる
大切な誰かのために自分に出来ることや
その人のためになる選択があるなら
迷わずそれを選んで、精一杯応援してあげたい

迷わないでいいように
まっすぐ想う場所へ進めるように

色んな失敗も過ちもあった
でも、なぜだか僕は今の場所にいる
未だに先は見えないけれど
目の前の目標ははっきりとクリアに見えている
これは間違いなく幸せなことだと思える

今まで支えて来てくれた、たくさんの人
今の自分を支えてくれている人
いつまでも僕を必要としてくれている人
僕はいつまでもこの人たちの一部だ

本当に感謝をしています

今日もがんばろう